コーチエピソード④ ~広場で育った日々~

STAY HOME企画、コーチエピソード第4弾。高畠寛生コーチ、ひろきコーチです。

この○○の世代と呼ばれた彼らの代で監督の一番の采配はひろきをキャプテンに任命したことでした。

低学年の時はやんちゃで明るくムードメーカー的な存在でした。いっつも広場に来ていて、のちに「第○代目広場の主」を襲名します。

彼の代は龍ノ介コーチの時にも書きましたがとにかく勝てなかった…。0-10なんて試合もちょくちょくあったよね(笑)一人だけ凄く上手な子がいたけど他のメンバーが伸びてくるのはもう少し先の話でした。ひろきも頑張ってはいるけど飛び抜けているような感じではなかったですね。4年生くらいまではずっとFW!持ち前のガッツでゴールに向かっていってたね。練習ない日もとにかく広場。朝から夕方まで広場。まさに広場の主ですね。

5年生になると技術も伸びてきて、ガッツ+技術のある選手に。そこでポジションを後ろの方へ転換していきました。これがハマってチームも負けてばかりだったのが勝てるように変わっていきましたね!「最近俺たち勝ってね!?」この頃ひろきが嬉しそうによく言ってました(笑)

絶対的エースが一人いてずっとキャプテンをやっていましたが、全体のバランスなどを考えてキャプテンをひろきにしました。エースもひろきなら!と納得してくれてたと思います。ひろきはとにかく分け隔てない性格で強い子にも気持ちの弱い子にも同じように接してくれる、いわゆるいい奴!※学校ではかなり問題児だったそうですが…。この後チームがまとまり最高の雰囲気になっていったことにかなり貢献してくれました。

絶対都大会!!と臨んだ最後の大会であと一つで負けてしまい、ずっと大泣きしていたのをよく覚えています。おそらくそのまま広場に行ったのでしょう…。そんな感じで熱い男でしたし、何より石神井(広場)大好きでした!嬉しい。送る会も大泣きしてたね(笑)

中学に行くと東京選抜になり大活躍。休みがあれば石神井の練習に参加、引退すれば石神井の練習に毎回参加。とコーチをやるべくして今に至る感じです(笑)選手を続けるか悩んだそうですが、やはり石神井(広場)が好きだったんでしょう!龍ノ介コーチとは幼稚園~高校まで一緒。大学でやっと別々かと思いきや、石神井コーチで一緒。素晴らしい歩みです!(笑)

こんな友情を今の子たちにも伝えていってほしいですね。ちなみに美人お姉さんもいて陸上クラブを手伝ってくれています。感謝!

以上、高畠寛生コーチでした。